名護遥が花奈房柚花との王座決定戦に勝利してCGB初代チャンピオンに輝いてから二週間。彼女の元に四通の果たし状が届けられていた。どれも一度目の防衛戦の相手に指名して欲しいという旨の内容である。

 

 トレーナーである父の宗弥から渡された四通の果たし状に目を通す遥だったが、三通目を見終えてもどれも対戦したいと思えるものが何も沸き起こってこなかった。日本ボクシング連盟の女子ランキングで3位、5位、6位とどれもトップランカーたちであったが背中が硬直するようなぞくぞくとする感触が何もないのだ。彼女たちと試合をしたとしても花奈房柚花との試合のようないつ倒されてしまうか分からない緊張感を帯びた試合など出来そうにない。  

 

 遥ははぁっと息を付きながら、四通目の封筒の中から手紙を出す。宛名は星野栞からであった。ほぉっと遙は声を上げる。そして、文章を読んでいくうちにみるみる彼女の目が輝きに満ちてきた。

 

「お父さん、これっこれっ次の試合、あたしこの人に決めたから!!」  

 

 遥はそう言って手紙をひらひらと上に上げながら宗弥に向かって言うのだった。

 

「お前がそんなに乗り気になるなんてよっぽどの奴からなのか」  

 

 宗弥は不思議そうに遥の元へ向かうが、遥は「ううん」と首を横に振るのだった。

 

「う~ん、よく分からない」

 

「だってお前が闘いって言うんだから」

 

「強いかどうかは分からないけど、こんな面白い果たし状初めてだったから」  

 と遥は言ってから、

「これは果たし状じゃなくて推薦文かな」  

 と言い直した。  

 

 星野栞からの手紙。その内容は次の通りであった。  

 

 CGB初代王者おめでとうございます、遥さん。あなたの噂は篠塚雪穂さんから聞いてましたけど、その噂の通りの強さでしたね。次はわたしが防衛戦の相手に名乗り出たい!ところなのですけど、今のわたしではまだまだ力不足。そこで、初防衛戦の相手にあたしの友人(彼女はアミーゴっていいますけど)、アリサを推挙させてください。彼女とはドリームトーナメントでチームを組んだ間柄ですが、ものすごく強い女性であることを胸を張って保証します。あたしも一度拳を手合わせしたことありますけどあんなに強い人いるのかなってくらい強かったです(試合の結果は……ひみつです)。ですから、遥さん、強いボクサーと闘いたいのでしたらアリサを指名してください。二人の対決をあたしは楽しみにしてますから。  

 

 自分ではなくて友人(彼女の言葉を借りるならアミーゴかっ)を防衛戦の相手に指名して欲しいと書いてあるのだった。ボクシング界において前代未聞の行為である。  

 

 遥は栞と会ったことはないが、彼女の名は知っていた。北の魔獣こと、篠塚雪穂から遥も栞のことを話で聞いていたのだ。なんでも試合に負けた傷心旅行で栞が北海道へと行く途中でたまたま雪穂と出会い成り行きで試合をして雪穂に勝ったのだという。 雪穂に勝ったというのだから、彼女の実力も間違いなくトップクラスのもの。タイトルマッチに挑戦する資格を十分に持っているのにそれでもまだ力不足と謙虚に自分の力を見つめた上で一度組んだだけのチームメートを防衛戦の相手に推挙する。謙虚である上に思いやりまでも羨むくらいに備えている。 噂によればドリームトーナメントの大会が始まる直前まで面識もなかったというのに成り行きでチームを結成し、少しの間だけチームを組んだだけの間柄だという。それなのにそんなチームメートを推挙するなんて、彼女たちは外からではなかなか分からない絆で結び付かれたのだろうか。  

 

 遥は手紙の文面からドリームトーナメントのこと、はたまたそのドリームトーナメントでチームを組んだ雪穂から聞いた北海道での栞の道中の話などさまざま思い出し、そしてドリームトーナメントの大会で一度だけこの目で試合を見たことがある中南米の強者、アリサのことに思いを馳せるのだった。

 

 

 がらがらがらっと勢いよくジムの扉が開けられると、褐色の肌をした少女が中へと入って来た。その少女はアリサだった。11月なのに白いTシャツの上に薄い生地の薄色のピンクのパーカーを羽織りジーンズ素材の短パンを履いている。軽装でありラフでカラフルな色合いの服装は、東京にあるジムが南国のように錯覚してきそうだった。

 

「よく来たわねアリサ!」  

 

 サンドバッグを叩いていた栞が手を止めて、アリサに向かって言った。アリサは左腕で肩越しに高々と上げているバッグをそのままに右腕を挨拶代わりに上げた。

 

「まさか日本でまた試合をすることになるなんてね」  

 

 アリサはバッグをその場に置くと血気盛んにそう言うのだった。そんなアリサを見て栞は心配そうな表情を浮かべて、 「迷惑だったかな」  

 と尋ねた。

 

「いいよっ、強い相手と闘えるならいつだってどこだってさ」

 

「よかったアリサだったらそう言うと思ってたんだ」  

 

 栞が左右のボクシングローブを合わせてほっとした顔で言う。栞に一瞬でも心配させてしまったことが申し訳ないのか戸惑い気味にアリサは頭を掻く。しかし、

「ところで危野ちゃんは一緒じゃないの?」  

 と栞が言うと、表情を激変させて、

「なんで危野の名が出てくるんだ!」  

 と怒鳴るのだった。

 

「だって友達なんでしょっ」  

 

 戸惑った顔で栞が再度尋ねると、

「あいつはアミーゴなんかじゃないっ」  

 

 アリサはきっぱりと言った。

 

「危野ちゃんとよく大声で話してたから……」

 

「あれはあいつとは噛み合わないから言い合ってただけだ」

 

「そうだったんだ……」  

 

 結局、栞とも噛み合わない会話をする羽目になったアリサだった。  

 

 それから、アリサが手を伸ばしかけていたバッグから赤いボクシングローブを出すと、両腕にはめた。それを見た栞が、

「アリサっもう練習するの?」  

 と困惑気味に尋ねた。アリサを遥との防衛戦の相手に推挙した栞は中南米の国から来日してきたアリサを自身のジムで試合まで面倒を見ることにしていた。寝床から練習する場所の提供まで彼女の面倒を見るつもりでいる。

 

「練習? 違うよ栞、あなたとスパーリングをするんだ」  

 アリサはそう言い、リングに上がった。

 

「えぇっ今からわたしとっ!」  

 

 栞がびっくりしてグローブ越しの手で自分を指差す。

 

「この前の試合勝ったんだろ。そのCross Game Boxっていう新しい女子ボクシングのイベントで」

 

「うん……それはそうだけど」  

 

 栞は少し照れ気味に頬を染めながらもまだ困惑気味に答えた。

 

「だから、早く確かめたいんだよ、栞、あなたがどれだけ強くなったかをね」  

 

 アリサの言葉を聞いて栞はぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 

「そういうことだったら喜んで」  

 

 そして、栞もリングへと上がるのだった。