「三槍さん、貴女のことは馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、ついに底が抜けましたね」
「いきなり何? 逃げ足ばっかり鍛えてたらケンカの売り方も忘れちゃったの?」
机をくっつけて、お弁当広げて、女の園の楽しい昼休み。
その空気が、二人のボクサーの殺気で瞬時に凍りついた。
「CGBに出るそうじゃないですか。私にも勝てないのに、正気ですか?」
「呼ばれたリングには上がるよ。私なんかまだ新人なんだから、機会は掴まなきゃ。あと次やったら勝つから」
「CGBの頂点にいるのはあの名護遥ですよ? 貴女みたいな闘い方してたら命がいくつあっても足りません。私にボコられて満足してなさい」
「プロのリングに上がったときから、チャンピオンだろうが誰だろうが全員が仮想敵だよ。その覚悟がないなら僕に一度勝った栄光にいつまでもしがみついていればいいよ。今も君の知ってる僕だと思ってるのかい」
「小手先の調整で私に勝てるつもりとはおめでたい人ですね。昼休みはあと20分。貴女を保健室に送って、授業の前にお手洗いに行けますね」
「そうだね、君をリングに沈めて、シャワーは無理でも体を拭くくらいの時間は取れるかな」
「じゃあ」
「うん」
「はいストーップ!」
今にも立ち上がりそうな桜と梓の間に、クマ柄の袋に入ったかわいらしいお弁当が割って入る。
以前二人が試合した際に桜のセコンドについた、立山 悠だ。
これで一件落着か、と教室に弛緩した空気が戻る。
「二人とも、減量中でイライラしてることを自覚して! 毎日こんな私闘一歩手前になるくらいなら、もう昼休みに席くっつけないで!」
「では立山さん、私と一緒に食べましょう。いえ私は林檎だけなのでほとんど見ているだけですが」
「えっ」
「悠、せっかくの昼休みをこんな辛気臭いやつと過ごすことないよ。それより僕と楽しくおしゃべりしよう」
「えっ」
「貴女はすぐ私の真似をしますね」
「君がしょっちゅう抜け駆けするからだろ。僕はずっと悠と食べたかったんだ」
「いや、あの、二人とも……」
「立山さん、こんなうるさいのは放っておいて静かな食事を楽しみましょう」
「それとも、二人のどっちとも嫌?」
「そ、そういうわけじゃ……ないんだ、けど……」
人付き合いが得意な方じゃない悠でも、二人が向けてくる感情がただのクラスメイトの関係ではない、特別なものなのは分かっている。
気付いてしまえば、意識してしまう。そうなると、一緒にご飯を食べるような親密なやりとりは、まだちょっと覚悟が足りない。
「ほら立山さんが困ってます! 貴女が強引なせいですよ!?」
「君にはデリカシーと自分をかえりみる能力がないのかい!?」
「ええと、その……つまり、三人ばらばらで食べるっていうのは……」
「梓が抜け駆けしないなら」
「三槍さんこそ、軽薄な語りでしれっとまぎれこむんですから気をつけてください」
「やっぱり君は僕が見張っていないといけないようだね」
「こっちの台詞です。昼休みの間は貴女から目が離せません」
「ええと……二人別々に……」
「悠の頼みでも譲れないよ。悠が一人か、梓が一人か。二つに一つだ」
「貴女がぼっちですよ何言ってんですか」
「さあ悠、どっち」
「どっちですか立山さん」
「ああああの……あのあの、明日もケンカしないように!」
悠は逃げた。試合終了を告げるかのように予鈴が鳴り響く。
(私はもうお弁当食べたって、言いそびれた……)
殺気立った二人のボクサーを相手にするのは、クラスメイトで話を聞いてくれるにしてもさすがに怖い。桜と梓に立ち向かうための武器がわりに持ち出した、空の弁当箱。その軽ささえもなんだか嬉しくて、自席に戻った悠は緩む顔を伏せて隠した。
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